謹啓 初の書状にて御無礼御許し願い度候。 扨、突然の申出乍、福栄村東雲寺に留守番は入用ではありませんか。 実は、当山に幽雪なる弟子有り。得度して十年。少林窟道場、発心寺僧堂にて修行を積みし真の道人也。 本年、当山の長女薫と結婚致し、山間寂静の地を求む。 「汝等諸人此の山中に来つて道の為に頭を聚む。衣食の為にする事なかれ、肩有つて着ずと云ふ事なく、口有つて食はずと云ふこと無し。只須らく十二時中無理會の處に向つて、究め来り究め去るべし」 彼の大燈国師遺誡を実に行ぜんとする者ならん乎。 新婚旅行を兼ね、各地の山間山里を訪い、自らの眼で寺の様子、土地の環境を確かめて回る。されど中々希望の地無之。偶々東雲寺を訪う。一見して、これぞ求めし理想の地也と歓喜雀躍したり。静寂なる環境と未だ改修の手が加えられていない東雲寺の佇まいが殊の外、意に叶った様子に御座候。 彼等をして検討の余地有りせば、本人を伺わせます故に、人物を見た上で宜しく御検討賜り度、伏して御願い申し上げ候。 「或は一人有り野外に綿絶し、一把茅底折脚鐺内に野菜根を煮て喫して日を過すとも専一に己事を究明する底は、老僧と日々相見報恩底の人なり、誰か敢て軽忽せんや」 今や法燈滅尽の危機也。真に報恩底の道人を育てるは、全てに優る最重要事ならん乎。 何が故ぞ。是れ只大法重きが故のみ。 冀は老師、宗門の大事と思召して対処願い賜りますれば、誠に法の幸と存じ上げ候。 右、突然の申出、非礼の段、重々深謝申し上げ候。 尚、末筆乍、残暑厳しき折柄、暮々も御自愛下され度候。 先ずは一筆御願い迄。
合掌
平成十一己卯年葉月晦日
海蔵小住
井上希道 九拝 荒木茂樹老宗師 大坐下 |