青野敬宗老師語録
序
これは昭和五十九年夏、発心寺の或る修行僧が、今治の敬宗老師に参じた際に録音されたテープから起こしたものである。良き聞き手を得て、老師は自由闊達、縦横無尽に語っておられる。不明確な部分もあるが、出来得る限り忠実に録することに努めた。老師の徳を損ずることを恐れつつも、我らが菩提心の一助とならんことを祈念するのみ。
(幽雪 合掌)
《義衍老師との相見、そして見性》
私は何も隠さず、老師のところへ行った。
老師は「わしは十二指腸潰瘍を取っとるんで、起きれん」と。で、「あんたが敬宗君か。臨済の修行はほとんど済んどるそうなけど、じゃ聞くが、仏教は滅か不滅か」と。
「老師、仏教というものはどこにあるんですか」
「ほう、あんたそれを知っとるか」
「いや、知りません」
「知らんのに、なぜ仏教と言うた」
「ここへ寝ておるあなた何ですか」
「わしは玄魯だ」
「わたし敬宗です。(良久)老師、私聞きますけど、臨済のやっておることは、こことここと、言葉で言うことと動くことと、この四つ以外には何もないじゃないか」とこう言うた。
「ほう、どうしてそこが分かった!」
「四料揀、五位、十重禁戒を全部やってみて分かった。老師、これで修行が出来たなんて大嘘や。聞きますが、老師、どこをどう得たら、人間として自分自身を、今、生きることを知っているんでしょうか」と言うた。そしたら
「そこまで追い詰めとるか」と。
「それだからこそ、どこかに誰かおらんかと探しよったら、あなたがおった。だから、あなたに習うこともない」と言うたら、
「待て! おれもおまえに教えることは何もないんだ! だが、教えることはないが、お前を出せ」とこう来た。「偽りのないお前を出して来い」と。
私がそこで偽りを言うことをして、自分を自分でごまかすんだったら、ごまかしたかも知れない。が、
「ここが、胸先三寸(パンッパンッパンッ)が、どうにもならんから、これだけで困っとるから、来たんです」と。
「よくごまかさずに、嘘を言わずに来た。よし、これをやるのには、ここから聞いたら、こっちに出しなさい。こう持って行って、こう持って来たら、だめだよ。ここで『おいっ』と言ったことを『何のために』と、ここへ持って来て『ああ、敬宗が呼ばれておるんだな』と。それは作った世界だ。だから、ここから聞いたら、すっと逃がしなさい。目に触れても、そのままにしなさい。業識はそのまんまで、知と意で扱いさえしなければ、いつでもゼロのはずである。そのこと、それを教えておる」とこう来た。
その時はちょうど竜巣院が開単だったからね。広島のおばあさんが来たり、大学の先生や偉い人が沢山おった。
「ああこれが臨済禅の、あの東福の管長さんについた敬宗さんじゃ」
「ああそうですか」
水野先生なんかも笑うたよ、わしを−「ああ臨済坊主は大したことはないな」
笑われてもかまわん。おれは自分のことをしに来たんだから。坊主になって、お師家さんになろうとか何とかじゃない。自分が自分の、ここをどうするかで来とるんだから。この人らは話を聴いて楽しんでおるけども、この話を聴いても、老師と同じようにならなければ、どうにもならない。だから私は話を聴かない。
それから一カ月くらいやったね。八月十五日の晩に、下に大学の農学部の先生がおって、そこへ行って点心をよばれた。そして玄関を出た途端に、お月さんが、「ハアッ」。もう何にも見えない。もうそれだけ。「思い詰めたんかもわからん。ちょっとなんかなるんとちがうんかいな」と思うた。それからつめってみたけど間違いない。
「ほほお。応に住する処無うして−すぐそういう言葉が出るのね、臨済におったから−応に住する処無うして而もその心を生ず。ははあっ、なるほど、ものと私というものが一つになるんじゃない。初めから一つであったんだ」と。で、飛んで行った。知っとる者がおるかな、と思って。
ほいから、その晩から、坐ったら、もう薮がずずずっとこうなるのね。もう笹がずずっとこうなるの。
それから一週間、飯食わずにやったね。ホオッ、いまだ曾て経験のない世界ね。もうこの肉体というものが全然離れちゃって。食べたいとかどうありたいとかいうことは一つも浮かんで来ない。つめってみると出る。ノイローゼじゃないか、だけどここでは東司に行くところがない(この辺り聞き取りにくく正確ではないかも知れない)。で、今の大学のある下の方にね、実性寺という寺があった。(それまでは実性寺で坐っていたが)そこから上へ(龍泉寺へ)上がって、老師や奥さんに頼んで、本堂(西の室中)の床間の前へね、一週間坐った。ちょうど八月だから、毎晩毎晩、盆踊りの稽古をやってるのね、後で聞いたら。その太鼓の音が鳴る度に、飛び上がるんよね。それほど概念の意識が、キレーイに落ちてしもうて。概念の意識が落ちたということは、もうそれを分別するものがキレーイにのいてしもうた。だから、いつでも空気のような状態やから、「ボンッ」と来たら、「アッ」となるということやね。ものといつでも同化するだけの小さな芽が出来つつあったんやね。
ほいで初めて、奥さんが何かで通ったら、オワーッとくさがでる(ここ意味不明)。ホオーッとそれから、「ヨシッ!」と言って一生懸命眼(まなこ)をおっ開いて坐っとって、明け方の太鼓の音で、「ナアーンッジャーッ!」と、うれしゅうなって、涙ボロボロ出た。それから松木の駅から可睡斎へ飛んで行って、顔を見て、
「老師!」。
「やったな!(良久)出してみい」。
「ははっ、つまらんこと言うんじゃないよ」。もう顔色が違うから。それでいろいろ「地獄極楽はどこにある」、「死んだらどうなる」。性急な質問。何でもない。どんどん答えて行くしね。
「よくやってくれた」
その時雲水があそこに十四、五人おったんかな。「これ、見性したから、一遍聞いてみなさい」。それで「じゃ老師失礼します。じゃ話します」と言うて、そこにおった。
「これ何ですか」
皆、こう頭に−。知ったことで答えなければいけないと、自分が自分で、作りよるのね、沢山の雲水はね。こっちはそんなことはない。ただ「これ何ですか」と言うたら、そんなことには用がないのね。引っかけただけだから。「何か持っとるでしょう。それ、あるものがあるじゃないの」と言ったら、事簡単やね。「それがどうしたんですか」と言ったら、もっと近かったらそうなるよね。もっと近かったら、来て、「何がありますか」と。そういうことを、支那のお坊さんは沢山問答をやった訳よね。
だから、そういうように事がはっきりしたら、もうここで礼拝してもいい訳よね。本当に明確なら。礼拝したら、「何で礼拝したか」とすぐに突っ込まれるからね。だから一々の現成において明確になりさえしたら何にも答えられる。知る知らんは別に置いてね。それが臨済禅の特色。
《堂長老師の見性と師弟の礼》
堂長老師(発心寺堂長・原田雪渓老師)の時はまた違う。わしがあんまり竜巣院でひどく叩いたり、いろいろするもんだから、みんな逃げちゃった。堂長和尚が一人残っとったんよね。わしも知らんかったんじゃ。三日くらい、ずっと参禅しよったんや。もう今降りて行ったかと思うと、「これで本当にいいんですか。これで本当にいいんですか」と言うて、もうとにかく一生懸命やったね。
「いいよ。そのままで、何でも自分のこことここに引っ掛かったものはゼロだから」って言った。
それで上がって来て、「まあお茶飲もう」と言って、お茶を入れて、一杯飲んでいて、
「ウッ(良久)。この事実をどうするんですか」
「やったな。どこで飲んだの(良久。カチャン)。はい。おやじ(義衍老師)の所へすぐ行って、許してもらって来い」
それで、「そこから先は、あなたとわたしは兄弟弟子だけど、私はあなたの師匠でもなければ、何でもない。あなたのお師匠さんは山寺(龍泉寺・義衍老師)だから、山寺へ行って許してもらって来なさい」と。そこでプツッと切った。
こういうふうなことは、一番大切な事。師に対する礼。師が弟子に対する礼ね。そういうような、人間対人間の付き合いを明確にして行くということは法を大切にする事ね。法を疎かにしたら、こういう事、伝わるんでもでたらめになっちゃうのね。
《義衍老師の末期》
亡くなる前、一週間前に行って、ちゃんと起こして、ウイスキーを飲ませて、きちっとして、
「あなたが死んだらものが言えないんだから、言いたいことは、あなたから聞くことはちゃんと私は持ちますから、全部言うておいて下さい」
で、全部聞いた。それで、
「またあなたにも私が言うことあるが、あなた今から亡くなったら、どこへ行くんですか。この業識性は、今、灰になるのはどこ行くの」
「うん。それ、わし分かっとんじゃ」
「じゃ、ものが言えんようになったら、もう来ても、本葬をやってもつまらんからね、じゃからここで別れるわ」
で、コップへウイスキーを入れて、水割りして、それで抱いて起こして、
「おいしかった」
「じゃ、さいなら。じゃあね。老師、あなたがね、たって行く時には、門前の梅花がね、後ろからポロリポロリと涙を流して送ってくれますよ。さいなら」
それが別れ。
三年間、ウイスキー注いでやったよ。
《出家の本分》
宗教家とは過去の人が苦心惨憺をして、「こうあれば、ああある。あああれば、こうなる」という道理の上に立って説いたものを、自分は何の努力もせず、何の骨も折らなくて、それに目を通しておるだけで、物知りが物知りを人に教えておるだけだ。自分の本当の得たものは何ですかと突っ込んで、それに対する答えが果たしてあるだろうか。
これが今頃の青年の考えではなかろうか。そういう時代において、お互いが、出家の本分とは何を他に訴えるかということを深く反省する時期に来ておると私は思います。
《知ったら反発がある》
あなたの知と意−心、私の知と意。その働きがお互いに、こんな思想上、生活上に必要な話をする時には、自分というものを立てなくて、「ただ聞く」。聞くということは知るということと違う。知ったら反発がある。だから信仰は絶対であるということをイエス様がおっしゃった。絶対ということは何故か。反発があっては、そのまんまが入って来ないから。
《人間の本当の喜びと自由》
本当の人間の生きる喜びを、どこで求めるか。それは各々一人一人のもっておるところの自心、言葉を変えれば「私」、もう一つ言葉を変えればこの「おれ」だ(パンッ)。このおれの、どこを得たら本当に喜びがあるのか。
皆さん方は学校へ行って勉強をして沢山のものをご存じでしょう。だが、それは習って覚えて、知った世界。そうじゃなくって、お母さんやお父さんがオシッコ、ウンチャンもナンーッにも教えてくれないもう一つ前のベビーの時に、手足をばたばたし、目はこうしとる。そうさす元が明確になりさえしたら、釈迦もイエスもモハメットも皆一つだから、私(パンッパンッ)と一つだから、どこへ何様を拝んで、どうしようとも、それは信仰の自由ということが初めて「ひょうちょう(?)」されるんじゃないか。
今は信仰の自由って言ってるけれど、自分の限られた範囲にしか自由はないじゃないですか。例えば、キリスト教の偉い牧師さんが禅堂へ来て坐っておられたら、信者はどう言いますか。「何故、今更、あれほど立派な、私たちの信仰の対象になる、助けてくれる牧師さんが、禅寺に行って坐るのか」。一応は批判するでしょ。ね、そうすると、自分のついとる人に批判されるということは、信仰の自由とは口先だけじゃないか。
人間は平等であるが、差別が歴然としておる。その差別の中に歴然と、女は女、男は男、子供は子供として分相応の生活をしながら、毎日の生活に一つになって行ける所は、この五尺の体を自由に働いておる神、これを言い換えれば仏性、それをもう一つ分かりやすく言うたら阿弥陀さん、イエス様。そういうふうに名前は変わっておっても根本は一つだから、その一つに目覚めた時、人間としての本質に帰った時に、初めてイエス様の人ともみんな、手をつなぎあって、争いのない、人間が人間として喜び、言葉が通じなくても感情が違っても、お互いが救い合っていけるような、本当の自由の世界が来る。争いをなくして、お互いが真の平和を求めるには、まず第一に、個人個人の自由(パンッ)というものの確立に立たなければだめだ。それを要求しておるのが、禅である。
《「釣月耕雲」》
「月を釣り、雲を耕す」。
「月を釣る」ということを人間自体に要求した場合には、何で釣るんでしょうか。目で釣りますかな。それとも「はあーっ、素晴らしいな」と言って、この言葉で釣るのか。それとも、「はあーっ、あれが本当に、自分のものになったらな」と意の世界で釣るのか。
いいえ、そうではございません。もう眼を上へ向けた途端に釣っておる。その釣っておる仏性は皓々と輝いて永遠不滅にここにおる。あなたの胸先三寸に、皓々と輝いておる。この「月を釣る」とか、「どうしよう」とか思う念をやめた時が釣っておる時。念が立てば、釣りたくなる。だから「念を休せば即ち安楽なり」と、こうおっしゃった。
次に、雲です。「雲を耕す」。どうでしょう。自分の感情、雲という止まらない感情の流れを認めていくのか、それともそのまんまを「ああーっ、そうだ。こういうようなことを思うだけ余分だ」と言って、掘る鍬をそこへほったらかせるか。そういうふうに、自分が自分の意識をどんなにでも自由自在に掘り起こして行けることを、古人はこんな美しい言葉の表現で皆を引っ張ったのです。
「雲を耕す」ということは、「事実の上に対して、自分の概念上に出来た意識の垢をきれいに掃除をしなさい。そして元の、きれいな土になさい。そうすると何でも抱擁することが出来ますよ」とおっしゃった。これが慈悲です。その慈悲をもって、お坊さんは他に当たることが大切である。
小さなね、そんな小さな坊主とかどうだとか言うような、そんなことじゃなく、もっと大きく、世界中の人間が手を握り合って、そして二度と、これのね−。お互い嫌ですよね、人間が人間を見ながら嫌でも国というものを後ろに盾にしてやらなければいけない、こんな非人情的な、不合理な世界はないはずなのに。だから、そういうことのないように、お互いがもっと胸襟を開いて、そうして、手を(パンッ)−。考えることも、思うことも、食べることも、皆それは違うでしょう。が、しかし人間である以上は目は横に、鼻は縦に、口は横です−。
《出家の目的》
いろいろなことがあるけれど、もう少し大きく考えて世界の人類が手をつないで、殺傷の、殺伐なところのないように、貧しいものは助けて行く方法を講じて行くのが世界の宗教家である。その次に一番大切なリーダーシップは世界の長である天皇であり、大統領である。そういうような方がしっかりと手を握って行ったなれば嫌でも戦争、殺し合いというような世界は段々−、一遍になくなるということは出来ませんけれど、必ずや−。
私はそれが為に出家をした!
小さな、自分のたった五尺にも足らんような、小さなこの人間一人の喜びの為に出家をしたのでは、私はありません!
私は踏まれても蹴られても、人間として多くの人の下になって、足で踏まれても、本当の人間とは何かということを教えて行きたい。
それが為に私は人間に生まれた。それが為に出家をしたのだ。
あらゆる教会にも行き、いろんなことをやりました。が、最後に求めたものは、何か。
「習って、覚えて、知ったことではなくて、持って生まれた、オギャッと生まれる前から備わっておる、こんな素晴らしい仏性」
それがあるということを教えたのは釈迦です。それが為にお釈迦さんのおっしゃることに一応耳を貸して、そして、その通りやってみて、結果に間違いがなかったということ。
だから、私は自我意識が非常に強い。はっきり言います。何故か。自我意識の強いということは、隣人を助けなければいけないから。私が「南無阿弥陀仏」と言って、この角に立たなければ−。立つということは己を捨てて立つ。捨てて立つ以上は無心である。無心の極限は我である。
その本当の大我に立ってこそ、仏道修行というものが出来、多くの者と手を握り合って行ける大きな世界があるのではないか。それなくして如何にして宗教家と言えるか。
《友達のように》
ここをこうして持っとるのも、うちの社長(妻・房子さん)が、これ買ったんだけどね、「みんなが来て、そして、この道のためにやるんだったら、何日でも寝泊まりの出来る所を、きちっとしとくのが良いんじゃない」と。
私はね、坊主臭い坊主は嫌いやね。押し売りになっちゃうから。もう淡々として、友達のようになっておるのが一番良いんじゃないの。どっちもが形式ばって、四角ばったようなことをして話を聞いたって、本当のことを言えないよね。
《悩める者と共に》
だから、ここらで、臨済のお坊さんも曹洞宗のお坊さんも浄土宗のお坊さんも、この衣を脱いでしまって、一箇の人間となってね、そして、しっかりと手を握って、そちらの知らん所は教えようし、こっちの知らん所はまた教えてもらって、ミックスして行ったら、もっと仏教はみんなに好かれる宗教になると思う。「おれは浄土宗」「おれは真言だ」「おれは何だ」言うて、もう小さな、小さな所に、ずーっと引っ込んで、堅とーなっとるからね、だめだ。そうじゃなくって、門戸を開いて、大きく、誰が来ても、何でもいいじゃないか、と。そういうことが必要じゃないかと思う。いや、世界中の宗教家がそうありたい。ね。キリスト教でも何でも、ね。だから、そういうような小さい根性におらずに、何をやっても、みんなが、第一線に立っておる人は、もっとしっかり四つに手を組んで、そしてお互いに、「悩める者を救ってやる」じゃなくって、「悩める者と共に生きて行く人」になってほしい。
《慈悲》
真面目じゃないんだよね、結局。自分自身に。言い付けられたら、する方で、何も言わなかったら、何もせんやろ。
ずるいんよ、言ったらね。えらいことは人にさせて、自分はちょっと楽をして。じゃから、そうじゃなくって、ね、何でも率先してやる人になってね、お坊さんは、在家の人の後からついて行って、ゴミでも何でも拾うような気持ちで−。それを慈悲と言うんだ。
《「夢」あるいは「単に切る」》
「夢」とはね、大きく言うと、人生の、オギャッと生まれて、死んで灰になるまで夢。一つも残るものがない。
「残したい」とか「有る」とかいうことは、何かに書いておくか、録音するとかいろいろすれば残ります。残ってもこれは事実でないはずね。表現された影である。だってこの人が一年前に言ったことと、それから一年後に言ったことと、もしも違っておったら、その人は本当のものじゃないということですね。それはその場その場で、自分の持っておる思想の変化である。ところが一貫した思想というものはゼロから出発しとるから、変わりようがない。その変わりようのないことを把握したのが禅である。禅は「単を示す」と書く。「今」ということも認められない。そして、しかも自由自在に使っておるのね。
だから、本当にこのことが分かると、お釈迦さんのおっしゃったように、生きながら「定」に入る事はへっちゃら。もうこのまんまで死ねます。ここが(パンッ)ストップするんだから。この肺活の活動が、もっともしなくなると、静脈と動脈との流れがトロくなって、そしてものを一つに、差別と平等のコンピューターを一つにして何であるということが言えない。皆、単に切れる。単に切れたら、ちょうどノイローゼになったように、目だけは非常に輝いているけれど、ものを一つにする意識の活動がない。
本当に禅定に入ってしまうと、ここはストップしてしまうから、そうすると、いつでも腹式だから、もうお尻から空気がぷうーと出る。そして、もう生もなければ死もない。怖いということも喜びもなんにもない。空気と同じね。そういうふうな状態。
あの店にすわっておっても、お客さんが来なかったら、なんにもない。そのようにどこにいても、どんな街の真ん中でも、どんな喧しい所でも、どんな静かな所でも、どこに行っても同じようにおれる。ということは、禅の経験というものは、知ることではなくて、この五尺の体自体(パンッパンッパンッパンッ)が認識−。
だからいつでも私が言うているように、
「これが叩かれ、つめって痛いと知る奴がおるから、邪魔になる。知ることではない。このことが、このことである」
だからお釈迦さんがおっしゃったのは確かに、もう間違いはない、ということよね。実証せな、いかんでしょ、結局。沢山の禅宗のお坊さんがおるけれども、自分の体でそれをやっとる人、ないでしょ。本に書いて、読んで、知っとる人はおる。「じゃ、いっしょにやりましょ。今から(良久)」と言うたら、もう、すぐにこちらは平気でこのままで、このまんまで、ずーっと定にはいってしまうからね。このことは体験とか、知ったとか、覚えたではだめですよ、と言うことね。身をもって行える世界。
不思議な事はない。決して奢るものではないし、「俺は」とか言うて威張るものでもないしね。そして、出来るだけ親切にして、皆と共に手を取って。そういうような世界がある、信仰の極致は、まず第一この五尺の体から生まれて来るんだということを、多くの人に教えて行くことが、私は必要だと思う。
《師家の役割》
あのね、その人が、初めて参禅に来たのでもいいし、知った人であってもいいが、どんな人でも、持っておるものを皆、剥がす。いままでやって来たことね。そうすると、自分のコンピューターにある間は全部出しちゃうから。出して、そして一番最後にね、
「じゃあ、それだけそうなすって、どこが、ご自身で、満足しないのですか」と、こう聞いてみたらいい。
そしたら、その人が嘘を言わない人だったら「いや、やっぱり心ですよ」と、こう言うよね。「私自身の心が落ち着きません」と。
「じゃ、あなた、心というものをね、自分で、誰にも教えられなくて、オギャッと生まれた時から知っていますか」と、この人に聞いたらいい。
「いや、それは、見たこともないし−」。
「じゃ、どうして知ったんですか」と。「心というものを見たこともない。影もない。形もない。とすると、誰がそういうことを、『心である』とか『心から私はあなたを愛しています』とか『心から私はあなたが憎い』とか−。出所は一つだけれど、どうしてそういうふうに変わるんでしょうか。その変わる元は、この五尺の体のどこにあるんですか」。そしたらみんな詰まっちゃうんじゃない。そしたら
「あなたがおっしゃる心とは、見たこともない、わからんと言うんだったら、心ということを言えないじゃないですか。言えないとすると、どうなさいます」と。
みんなは言葉の遊戯によって満足をしようとするのね。言葉の音楽で。
《スッカラカン》
どこで認めるの。(良久)ノウ(脳)。それほど、ね、言える人になってほしい。ね。だから引っ掛かりがなくなるのね。ゼロだから。いつでも、ここで、こう聞かれたら、ああ来たら、こんなのひとつも活動しない。ここの中、いつでも、もう、ナンーッにもない。ナンーッにも。スッカラカン。必要がない。自分という我、私という我がないからね。その世界へ行く。だから、道は、聞く人によって、自由に説けばいい。
今までの敬宗君はね、どうしてもこうしても捕まえて何とかしてやろうと思った。(しかし)初めから何とかなってるんだから、きちっと。それをね、本人がお知りにならないから、本人自体が本人の力で自覚するように、ぐるりからもって行けばいい。私を売り付けるんじゃなくて、あなたが持っておる立派なものを、あなた自身が自覚をしたらいい。
《欧米人と東洋人》
(欧米人は)自分が理で納得が行って、自分が自分で「なるほどこれは間違いはない」と言ったら、それで永久に追求する力がある。ところが、ここはね、感情だから、嫌になったら、「まあ、いやだわ、あんなお師匠さんなんか就くの」と、すぐにそれを宣伝している人に問題をもって行く。ところが、欧米人は違う。この、今説いておる人がゼロのボロであっても、その説いておるそのものが大切なんだから。根本が明らかだからね。ここで明らかになっとるから。東洋人みたいに嫌だとか嫌いだとか決して言わない。そこの違いね。
《死んだらどうなるか》
坊さんは第一にそれをね。私はうちへ来た人にもよく言っているよね。
「うちのが亡くなったんですが」言うたらね、
「亡くなったというのは何が亡くなったんですか。あなたは亡くなったと、どこで知ってるの」
「心」
「では心とはだれが教えたの。心いうもの見た」
「いや見てない」
「だれでもそうや。だれかが教えたから心とし、言うのや。言葉でね。心という言葉を、今度は反対に『お父さん』と言って拝んでごらんなさい」と。
「お父さん!」
この性は形も何にもない。これを言い換えればイエス様、これを言い換えれば弥陀、これを言い換えれば釈迦、これを手の方へ持って来たら(パンッパンッ)音がして神さんといっしょになる。この仏性の根源は形はないから、これはなくなりません。が、これを生み、動いておった五尺の体は今、灰になって、骨箱に入っておる。だから食べることは出来ないけれど、生前中に好きなものであって、ね、あなたがご飯食べよると、「あ、お父さん、あれ好きだったわよ」と思ったら、お肉でも何でも良い。ね、「お父さん、食べてね」と。あなたが満足をしたら、百万のお経を上げるよりも供養になる。自分がお父さんの好きなことをよく知っておって、嘘を言ってやってないから。それほど自分が自分で正直だから。お坊さんに頼んだら、「ああ、ここでこれだけお経を上げたら、なんぼくれるかいなあ、御布施」と思ったら、それはなんぼ立派な声で上げたって、不純じゃないか。だから、一応は形式上では、そういうような行事も大切である。が、本当に供養をするというのは、あなた自身があなたを支えるのである。それでこそ、初めて供養になりますよ、と。
《『般若心経』》
私は思うのにね、お釈迦さんが成道をなさってから、お説きになったのは、本当は『心経』だけだと。あれは人間の、この人間の母体を分解して改造して、そして見えない意識の活動とか、この頭の中の知恵というものの存在の在り方、意識の存在の在り方、それから眼、耳、鼻−この業識性を実に素晴らしくお説きになったのね。百六十八文字の中にこそ人間としての、最高の生物の本当のことをお書きになった。後は学問のあるインドから支那へ行って、支那では道教とか儒教とか沢山あって、それとミックスして、そしていろいろな真言とか浄土とかいろいろなものが出来て行ったんだろうと思うのね。だから本当はお釈迦さん、あんなにのんべんだらりとおっしゃったんじゃないと思う。
《平等と差別》
人間という根底、生物というものの根底に立った場合は、人間も牛も蛇も虫も全部平等です。性(しょう)という生きとる生命の本源においては平等である。が、生活様式においては、歴然として差別である。
だから人間社会でいうと、生物の−ここを間違えてはいけない−人間として、一つの物体から考え、本質から見たら、平等である。が、生活様式、一日朝から晩までしていることは全部差別である。だから、差別であって初めて平等。平等であって差別。
《差別と合掌》
根本的なものが、一つの流れがあるんだから、人間にはね。だから、各々違うけど、人間としたら、どう、みんな手を出してごらん。六つはないでしょう。皆五つじゃないか。そしたら、節ははなんぼある。皆、同じじゃないか。生まれた所も違う、ね、両親も違っても、このように人間である。眉毛もある、何にも変わったことはないけれど、国が違うから、ね、ずっと先祖から国が違うから、人間としての流れの中には、いつの間にかそういうふうなものが自ずから、差別という世界があるんである。だからこの差別は、人間として、本当は取らなければならない差別だけど、人間が存在している以上、これは永久に取れません。取れないから、知識の世界に訴えて、その取れない部分をお互いが、合掌の生活である、父と子と精霊の生活である、とそこへ初めて行くために神の存在を認識するようになったのである。ということは我々の出来ない部分、我々が思ってもどうすることも出来ないことを私たちはお互いに、西も東も南も北も、どこでも、人間がおる以上は、自分が自分に(パンッ)手を合わせておるんじゃないですか。これは決して無駄ではない。自分が自分に合わしておるからこそ、こうし
た手も自然に降ろすことが出来るのじゃないか。それを慈悲と言う。それを博愛と言う。それによって人間社会は今日成り立った。
《表現しようとする野心》
味わう所は一つでしょ。そうすると、その人が人間として、生物としての本質で動く時は平等に動けるけれども、知・情・意のこの三つの世界へ来た時に初めて別になる。だが、そういうふうにこの活動をさすものは、二十六時、四十八時間の内にどれだけの間がそういうことをするんでしょう。本当は、誰かに会って訴える人がおるからこそ、初めてそういうことを言うのであって、一日のうちに誰にも会わなかったら、パー。そうすると、その人の持っておる思想的な観念というものはゼロ。
あらゆる狂信的な思想家も、あらゆる国家主義者も、相手がおって初めて表現するのであって、一日でも一カ月でも、誰もいなかったら、その人の持っておる思想とか、そういうようなものは、どこ−(に向かって表現するのか)。柱に毎日話したって返事もしてくれないしね。前におる池の鯉に「おい、お前がここの中に生きておるのは、俺がこうやって水を替えてやっておるからだぞ」と言ったって、あれ何にも言わない。そのように、よく突き詰めてみると、人間はいつでも、ないものを取り上げて、訴えて行こうという一つの、自分自身が自分に野心があるというだけ。
《放てば満てり》
努力とは、力を入れて、こうすることではなくて、「放てば満てり」。
「何もしない」と言えば、「何もしない」と言いながら、それは動いている。
自我意識のない自覚。これ(コップ)を持って落とさないものもそうですね。持っておるということまで、キレーイに意識上から消えておるけれども、この通り間違えなくつかんでおるじゃない。そのように、仏性の世界においては永遠不滅である。人間の力の及ばない、素晴らしいものをお互いが持っておる。それを自覚することである。その自覚をしたからこそ、初めてこれが和の世界である。
しっかりね。しっかりやりなさいということは、放ちなさい−「放てば即ち満てり」だからね。だから、悠々として。自分をゆったりしとかなかったら、自分で急き立ててはね、自分が苦しくなるから。
青野敬宗老師語録・続編
−昭和六十年、H氏への法話から−
《もうひとつの相見、そして見性》
そして、いよいよ悶々の情に耐えない時に、初めて行って。行ったらこうやって横になって寝ているんですね。
「あんたか、敬宗君というのは」と。
さあ今まで会うた人というたら、裃を着てしか会わないでしょう、一流の人は。それを何にも、てらうとこもない。ただ人間が人間そのままで会えた。その時は、感心しとるけど、わたしの胸の中というたら違いますよね。臨済でやってきとるから、承知がならん。どんな人に会うても、寝てから相見するなんていうお師匠さんは未だ曾て見たことがありません。
「俺な、今、十二指腸潰瘍を取りおるから、ちょっと御免ね」と、一つもてらうところがない。これは何だ、と思うたですよね。それで話しよるうち、
「仏法は滅か、不滅かな」
「わたしが生きている間は、不滅ですよ」
「ほほー、それを敬宗君知っとりゃ、偉いじゃないか」
と、まるで三つ子にものを言うようなもんですね。
「いやな、わしもな、若い時は飯田 隠始め、臨済でも大分苦労したがな、だけども、もうそんなものはな、ここの問題でな、芝居だよ」
「じゃ老師はどうして、何を得たから満足しとられる」
「得るものは初めからないのじゃ。備わっとるよ」
「何を備わっとるんですか。備わっとるのは。修行とか禅とかいうのは、禅の本義は何ですか」
「臨済でやっておるのは芝居、曹洞宗でやってるのは行儀の見習い。そんなものは、お釈迦様、何にもお教えになってないよ。釈迦の知った世界というのは、息をするこの根源を明白にしたんじゃないか」
と、こう言うのです。これは、と思うたですね。
「じゃ、生命の根源、仏性は何ですか」
「ふーっ、これ分かるか。ふっ、分かるか、敬宗君」
ふーっと、息をひっかけ(ドンッ打卓)、
「おいっ、息というが、これがあればこそ生きとるんじゃないか。お前の体を養うとるんじゃないか。この粕じゃないか」
と。さあ、未だ曾て聞いたことのない言葉ですよね。
「じゃ、どうしたらいいんですか」
「ただ、あるべきように、何も求めずに。それは後で役に立つから、今までやって来た事は役に立つから、ここへ暫く置け。そうして、もう何にも求める事をやめて、このままでおれ」
さあ、やろうとすると湧いて来るんでしょう。今までやったこと、ありとあらゆるものが、本当に限りなく出ます。そのたんびに、もうすぐに行って、自分で処理をせずに、老師の所へ。
「こうこうしてちんぼがたったんですが、どうしたらいいですか」
「ほっときなさい、静まる」
それを聞いて帰って坐ったら、静かになりますね。それで
「眠うてたまらんのですが」
「ああ、気持ちよう寝なさい」
もう、自分で一つも、起きて来た問題に対して、これだけの体で起きて来たことは、何一つ隠さずに言いました。もう、起きるとすぐに言うて、そしたら、それをほっとけとか、取り合うな、とか言うて、きちっと答えをしてくれますから、その通りにおったのですね。そうして、八月の晩の月夜によって、ああーら。つねってみましたよ。うーん、もうあの、真ん丸い月一つ。もうあの通り何にもない。我もなければ、今までの自分というもん、何にもない。つねってみました。確かだ、気は確かだ。よーし、と思って戻って、
「表へ出た途端に、戸を開けたら、月と一つになって、何にもなくなったんですが、どういう訳ですか」
「それは知っとるからつまらん。何にもなかったら坐んなさい」
「はいっ」
と言って、そして実性寺に坐っとったら、もう戸を開けて坐っておりますからね、八月で。こうですね、薮が。ざっざっざっ、こう動くですね。自分もこうなる。うーうー、もう声を出す気も何にもないのに、全身全霊が、もう、薮と一つになるんですね。それで又、飛んで行って言う。
「それもいい。それも放っとけ」
一つも、もう言われた通りに。もうこれは、よしっ、托鉢も止めて、もうそこらの草や何でも食おう。八月ですから、木の実はありますしね、果物はあるしするから。うどん屋で、ただで、うどんを食わしてくれて。今でも行くたびにお礼を申しますが。そして、あれは食わずにやっとる、と言うて、持って来て食わしてくれたりね。色々してくれたんです。そうこうしおる中に、「もうここではだめだ。だから(龍泉寺の)本堂へ坐らせてくれ」言って、あそこの床の間の、床柱を背にしてやって、三日目ですね。あそこの奥さんが廊下を通って歩いて行く音が、トン、トン、トン。
「あっ! おれは、何だ。体も何にもないじゃないか。こう言って、喋らすもとが、おれじゃないか」
という−。
ああー、うれしかったですよね。うれしくて涙がボロボロ−。
《末後の牢関》
浜松が亡くなる時分に、
「敬宗君ね、わしもやってしもうて何にも不自由はなかったけれど、ある時、ひょっと気になり出したものが出た。だから敬宗君も必ず、わしらの所から去って帰ったら、今はないけれど、いつかそれで自問自答する時が来るから、その時には、それを逃げずに、四つに組んでやれよ」
と、こう言われた。
なーに、もうこれ程どうしたってきれいになっているのに、何を、と言っていたのが、どっこいですね。禅だの宗教だのいう一つのことを立てて、それの上におってしか話をやろうとしないのですね。ところが、そういうとこへ、ひょっと気がつきまして、あっここだなっと。平生の事態ということを−。
(別の機会の法話)
老師が最後の亡くなられる一週間前に行った時に、小さい声で、
「敬宗君、必ずや、今はもう、うれしい盛りだから、山の絶頂だから何にもないけれど、おれが死に、だれーもおらんようになった時に、ひょっと自分の欠陥に気付くから、その時は逃れずに、それと四つに組んで解決をせよ」
と言って、もう最後の別れが、それだったんです。
そうすると、帰って、去年一昨年ですね。
「何故、見性せいだの、何故、悟れだのいうことばかりを、わしは言うんだろう」
と、ひょっと気がついたんですね。
《単に切れて行く》
一番大切な事は、今、こうしておる事で、このまんまに自分を、「わたし」っというもんをね、立てとらなかったら、このまんまでいいのです。それが分からんから立てるんですね。知ろうとか、何とか。それは結局、煩悩、病いですね。
だから、どうか、今度お帰りになってもね、こう、店のそろばんを弾く時はそろばん、草を抜く時は草、飯を食う時は飯というようにね、単に切れて行きさえしたらいいんだと、先ず第一それをお思いになって、覚えとくもどうもいらんから、それは必要ないですからね。だから、あなたが一切、朝から晩まで、晩から朝までおやりになる事自体が禅である、という根本にお立ちになってね、おやりにさえなれば大丈夫です。だから、一番、「ははあ、敬宗君が、こういう事、言っとったが、これか」と、納得をされる事は非常に駄目ですからね。
《概念による縛》
「道」という一つの概念を立てるから問題がある。道じゃの、悟りだの、どうだのというような概念だけをがんじがらめに、自分が自分で縛っておるんですね。それを、だから、老師はおっしゃったと思いますよ−「放てば満てん」、ね。放してしまえば、そうしたら「自分は、元来、あったじゃないかないか」と。それが求めようとするもの程、もう、どうしても、もう、じーっと結んで放さないんですね。それに自分が自分で苦労するんですね。
《袋は袋のまんま》
だから、もう、どんな事をしておっても、確かに、あの(紙袋を出される)−本当はね、このまんまでいいんです。もう何にも、人間このまんまで、袋は袋で、これでいいんですよね。だが、どうしても落ち着けないんですね、このままでいいと言っても。人間はもう何もそんな道じゃの、禅じゃの言わなくても、このままで何も不自由はないじゃないですか言ったって、だって俺は不安だとか、いやどうだとか言って作って来よるんですね。
《一つの方法》
何でもいいから、一つ自分が決めておくんです。何か思い出したら、(トントントン打卓)「あ、この音と同じじゃから、考えを放ったらかしておけ」と。もう自分で、むしゃくしゃしおると、ここと、ここが動いて、いつの間にかアンコにしますからね。そして自分流の考えの上に立ってしか、やらなくなりますから、それだけ遅くなる。だから、もうそういう時は、自分が困った時は、(トントントン)「あ、そうか、カラだな。この音と同じだ」もうそれで、ツッと消えますからね。そしたら余分なことを、一つも作って行かんでしょう。そういうような一つの方法をとっとくんです。
《一切放下》
「何も考えずに、音に注意せい」言うんでしょう。「聞け」と言うんでしょう。「聞け」と言うたら、いつでも念を立てとることですね。その念を立てるから、いつまでたっても駄目です、それは。
もう、何にもなしでいいの。目は目、耳は耳、口は口。この業識を全部分散して、任しておりさえしたら、いつも自分は性−生命の根源におるから、何でも入って来るんで、偏って、そんな、「これにしなさい。あれにしなさい」って、一っ言もいりません。
決め所がないから、縁に従っていつでも入って行ける自分が明確なんですね、ゼロだから。それを一つのものに、何か音で、音でと言ったら、知らない間にそのことに行って、ほかのことは、いつでもそれにじーっとくびりついている。
そこでは駄目。それは、やっぱり老師の言ったところの、「放てば即ち満てん」と、放し切ってしまうんです。そこでさえおれば、不安のようだけれども一番早いの。
その不安の、もう何にも持ち物もないゼロの状態でおりさえしたら、縁は待っているんだから、こちらがちゃんと、もうきれいに、きれいに、スッカラカンになるのを待ってるんだから。
だからどうか、そのことはそのことで、ありがたいと思っておいといて、そしてどうかこれからですよ、一切を放下した状態におって下さい。そうしたら早いんだから。
みんなね、それができないから、みんな苦しむんだから。何かに、なんかに自分をこう、くっつけておらないとおれない。そこのとこが大切ですからね。
だから、老師が一番初めお会いになって、「何もそのままでおればいいじゃないか」と、おっしゃったこの一語は、もう本当にね、もうなんにもいらん、まっしぐらだということを教えて頂いた。どうか一つね、その気持ちを忘れずに。ね、やって下さい
《求心やむとき即ち無事》
求心やむとき即ち無事の人なりと。求めよう求めようと外へ向かって行くほど苦しみが増える。そうじゃなくて、回向返照をして、内へ内へと戻って来れば裸になるから、きれーいにもとの姿になりますよ、ということを老師がおっしゃっているんですね。
だからひとつ、そこのところが、これは大切ですから、何回お聞きになってもね、これ薬です。
じっと、こう、これと一つにさえなっておられたらね、もう確実にね、成る程、と言う所へ行きますから。
慌てたらだめですよ。慌てず、ふためかず、ただ淡々として流れにしたがってさえおったら、いやでも落ちるんだから。皆、その流れを自分流に曲げて来るから落ちない。老師はああ言うけれど、わしはやっぱりこうだ、こうだと言って、ぐるぐる同じ所を回転するんですね。そうじゃなくて、おっしゃった、それをお聞きになりながら、その通りに流れていらっしたら、もういやでも落ちます。
《コツコツコツ》
分かるも分からんも、そういうようなことはね、常識の範囲ですね。分かるとか分からんとかいうのはね。そうじゃない。いやでもですよ、じゃ、こう(コツコツコツ打卓)、これと同じになったとこは、どこですか。考えたら駄目ですよ。(コツコツコツ)どこがこうなっているの、あなたと。で、止んだら何にも。同じようなことをコンコンコン言うたって、それは真似でしょう。じゃ、これと同一に、あなたのどこがなっとるんですか(コツコツ)。これ聞いとると言ってますか。じゃ、どこに(コツコツ)あるんですか、これ。(コツコツ打卓)こんな素晴らしいもの。(パンパン打掌、コツコツ打卓)今、その通ーり、寸分違わずになるところはどこですか。
《どこが鳴っているのか》
ね、いやでも、あの音の通りになったでしょう。今、コンチンカンと鳴ったら。聞く、知る、知らんということでなくて、あの音の範囲のものは皆、あの音と一緒になっとるところがあるはずですね。それはどこにあるんでしょうか。
じゃ、みんなに聞いたって、「あれは音。耳が聞いた」と皆言いますね。じゃ、それは経験の上に立って言ってるんでしょうか、それとも何にも知らなくても、この言葉だけの遊戯なんでしょうか。
あの通りになっとるでしょう。じゃ、今それを表現して、と言って、口で言ってて、キンコンカン真似してるだけでしょう。あの音とは一緒でないですね。じゃ、あの瞬間、瞬間に鳴っとる時に一つになってるのが間違いない本当の音ですよね。
それはどこが鳴っとったんでしょう。−それに苦しんだんですよね、私も。
じゃ、生命の根源とは何か、ということ。じゃあ、こうなんぼどこに探したって、これ切ったら血が出てですよ、それ痛い。痛いですよね。ひょっと切ったら痛い。血が出てて、これ放っとったら、だんだん血が出て、息がストップしますよね。それじゃ、そのストップするまでと言ったら、「はあっ、はあっ」言うだけでしょう。で、どこがなくなって、どこが生まれとるんでしょうか。
そういうふうに、本当に自分を、いろんな習ったり知ったり覚えたりしたことを全部横に置いて、素っ裸の原因はどこだ、と追い詰めれば、必ずや真の自己に目覚めるはずです。共有してる、ありとあらゆるものが共有しておる生命の根源にぶつかる。それは知ることではない。知情意のほかである。
《自分で自分を詮索しない》
どうか一つ、私はあなたにお願いすることはね、先ず、何かを知っても、そのままでいいから、もう自分が積んだ経験、それから色々なことがあっても一つも、それを一つも取ってのけようともせずに、ただ、今から、こう動かすものは何か、しゃべらすものは何か、その原因を追い詰めるんじゃないんですよ、一々の行動自体に乗っておりさえしたら、けつまづくんと同じでアラッというとこへ来ます、二年三年の内に。
あー老師が言ったのは、あーこういうことを思っちゃいかんと、あーこういう考えを持ったらいかんと、自分で自分を詮索しないことですね。それをえり分ける自分が分かっていないのに、えり分けて明らかにしようとするのが人間の習性ですね。だから、そうじゃなくて、何も知らないのだから。
《ゼロの自分》
ゼロのね、自分が明確でないから、どうしても何かにくっついたものからしか、出て来ない訳ですよね。そのないものをいつでも今までの生活の経験から何かを引っ張り出して、口でしゃべっているだけですね。本当はスッカラカンのはずです。だが何かを答えるのには、自分の経験の糸を引っ張り出して来ないと言えん訳ですよね。ゼロにおれない。だからゼロになればなる程、基礎がきれいだから、今までやって来たことが全部出て来るんですね、自由自在に。
だから、そういうことが、はっきりとして来るから、何も日常生活において、自分をこぎ使う必要はない。ゆったりした、本当にいらいらもしないし、と言って、うれしいこともないし。いろんな表現が実に平凡になるんですね。それは根底が明確になるから。根本が皆、明確でないから、色々な芝居をしとるだけですね。
だから、その根底を明確にするために、このわたしの今の話を聞いている訳ですよね。作って行くんじゃないですね。ゼロのあなたが持っていらっしゃるゼロの自分を明確にすることなんです。
捨てて、捨てて、何もかも捨てて、あなたの純粋性に帰りなさい、そうすると永遠の喜びがありますよ、とこう言うのです。
理屈の方でね、追い詰めても、これはどんなにしてもだめです。理屈は後で分かるから、そうじゃない何にもない自分をはっきりとつかむことです。
じゃあ、どこでつかむか。つかむという表現をするけど、空気のようなものが空気のようなものを自覚するんですからね。だからもうなんにもないんだから、始末が悪いんですね、本当を言うたら。だが、そこへ何かの拍子で、ふっとなると、それから先は、その人のやり方一つで、ね、ずーっと徹底、もうきれいにこの端から、この入り口へ来たんだが、ここまで行ってきれーいになんにもないゼロの人になる。
