『園芸加工論』
松本熊市著 養賢堂発行 (昭和41年 第5版)
第7章 果膠類
T.果物ジェリー及びマーマレードの定義
果物のジェリー及びマーマレードは本邦では比較的新しく普及した製品であるため、一般には充分その性状についての認識が判然していない向きもあるようである。またジャムとも類似しているので、それらと混同せられている場合も少くない。故にまずそれらの相違点を明らかにして置きたい。
1.ジェリー(jelly)
ジェリーとは果実をそのまま、または果実に相当量の水を加えて加熱し、果実中に含まれた水溶性の成分を溶出し、濾過して濾液を採り、砂糖の適量を加え、冷却すれば凝膠する濃度に達するまで濃縮凝膠せしめた製品である。故に良く出来た製品は、果実独特の風味を有し、透明で、質は極めて柔軟ではあるが、これを容器から取り出すとも、依然容器の形状を維持し得る固さを有し、その切角は整然とし、しかも輝いた滑かな切口の残るような組質のものである。なおこれを口中に入れると直ちに溶け、パンの上に塗布すると、滑かに満面に行きわたるような性状でなければならない。
2.マーマレード(marmalade)
マーマレードは上述したようなジェリーの中に果肉または果皮の薄片、時に小粒果実の場合では、果粒そのままを少量浮遊せしめて製したものである。本邦では一般に柑橘を原料として製したジャムの別名の如くに解せられている場合も多いようであるが、マーマレードもジェリーと同様、清澄した果実成分の溶出液を基本として製する点、混入固形物即ち果実及び果皮の薄片と果汁とが判然と区別せられる点に於いてジャムと異なる。しかし多量の果実または果皮の薄片を混入すれば、自然果汁は多少透明を欠き、ジャムと混同し易い製品となる。マーマレードは柑橘を原料とする製品に限らず、他の果実を利用した製品と雖ども、以上の定義に適うものは同様呼称し得られるものである。欧州特に英国では李・桃・レモン・りんご等からもマーマレードが製造せられている。
U.ジェリー及びマーマレードの凝膠作用
以上説明した如く、ジェリー及びマーマレードは一定の硬さに凝膠固形態化した製品である。かくの如き柔軟な膠状製品とするためには、只にその液の濃度を強化したのみで達成し得られるものではなく、必ず或種の凝固物質を使用する必要がある。本邦では従来この凝膠作用をもたらすためにゼラチンまたは寒天の少量を添加する場合が多かった。しかしかくの如き物質の添加に依っては優秀な製品を得ることは困難である。
欧米ではこの凝膠作用をもたらすために、果実中に天然に含有せられるペクチン(pectin)を利用している。ペクチンは水溶性の物質で、砂糖及び酸と共に水溶液中で、或適当な比率濃度に混合せられると、寒天に類似の極めて柔軟な膠質固形態を形成する。それでジェリー膠質化に関する研究の初期には、ジェリーはペクチンの砂糖及び酸の化学的な化合態であるように考えられていたのであるが、研究の進むに伴い、只単なる物理的な混合態で、凝膠作用の起るのはペクチンの濃度及び組成、水素イオンの濃度、砂糖の濃度等に影響せられる凝膠化作用であると解せられるに至った。従って優秀な品質のジェリーを製するにはこれら凝固に必要な物質について充分その化学的または物理的の性状を究明し、適切な相互間の連係状態を確めた後善処することが根本条件である。


