5/1 快晴。しまなみ海道が 開通した。
午前中、高田さんが お見え下さった。畑(草むら)で取れた スナックエンドウを
お茶請に 暫し会談。ホームページに載せた バサラ の話も出て「姿がないですね?」「ええ、去って行って
1週間くらいになると思います。本当に 不思議な犬でした。」
「今日 都合が良ければ、下駄の歯の修理で 澤田さんの工房を
訪れたい。」とのご希望。午後からと決めた。澤田さんにも 連絡 「お待ちしております。是非おいでて下さい。」と言ってくださった。
午後から、高田さん、川崎さん、金山さん、矢本さんを
ご案内して 澤田氏を訪ねる。高田さんの 高下駄は 歯の交換、薫の高下駄は ちょっと撫でてもらっていました。皆さん、澤田さんの
仕事ぶりを 付いて歩いて 拝見。本物の良さは やっぱり 伝わるのですね。
帰りは
途中で別れて、薫と 2人で レンゲ、蕗、せり等を 収穫して帰る。エデンラインの
旧道を走り、海に 目をやると 見事な眺め。少林窟道場とも、海蔵寺とも、又
違う。島影が 美しい。車1台がギリギリの道幅だが 殆ど車が通らないので、車を降りて
暫し眺める。
夕食には、レンゲのサラダと せりのお吸い物が 並んだ。レンゲ1皿は 簡単にペロリ。「レンゲ、もっとたくさん
収穫すれば 良かったね。」またのお楽しみ。
5/2 晴れ。八十八夜。初夏の陽気。
昨日 薫が完成させた、母の日のリース。今回は 梱包が始まる前に 撮影成功。藤のつるで
薫 自ら作った台に、ティシュペーパーを 染めて作った カーネーション、リサイクル紙を
切り抜いて作った葉、リボンも 全て リサイクル品だ!リサイクルも さる事ながら、花など
本物と見間違える出来映えで 驚いた。一見の価値有りですよ!でも、お昼には
梱包が終わってました。母も これは喜んで飾ってくれるだろう。
独りで、初夏の陽気の中 終日 墓地所の草焼。
田舎特有の 噂話(井戸端会議) と言うのがある。この地域も 例外では無い。「これに参加しないと
大抵は、ろくな事を 言われない」と言うのが、参加率を 非常に高く維持している
理由らしい。井戸端会議では 出席者の噂話はしない。だから、参加しないと 議題と成る。しかも、本人が居ないのだから
大方が 推測である。それに 尾ひれが付き、その内に 羽根が生えて 飛び歩く。
薫を含めて ごく僅かな人が この地域の井戸端会議に 出席しない。出席はしなくても、耳が付いていれば
音は 勝手に入って来る。常々薫は この騒音口害(公害)に うんざりしている。「気にする事は無い。放っけ!」と言うのだが、「2次的、3次的に被害に遭う」と
薫は嫌がっている。「風が吹いたら 桶屋が儲かる」を 理論的に 説明するようなものだから、納得しがたいが・・・。「この事の
バックグランドに 井戸端会議の これがある」と説明されると、「うんざりするな」と言うのは酷な気もする。
夕刻、薫が 夕食用に 畑で収穫をしていると 丁度良い議題にされたようである。「何を採りょうるんじゃろう?」「草じゃろう、草しか生えとらんけん。」「こないだ買い物
出たてから もうxx日にはなるけん、何か食べれるものじゃろう。」「いやぁー、ありゃ
草でもよー食うけん きっと草でー。」「そういやぁ。×日前に、ようけー草を刈って持って歩いとったけー、あれを食べとんじゃろうか。」「少々硬い物でも平気じゃ言うて○○と話しょうたけん、食べるんじゃろうじゃん」「そう言やぁー、今年の年金を前納しよったけん
金がなーよんなっとんじゃろう。」「ほうでぇー。」・・・と言った具合である。そこを
たまたま通りかかった○○さん(井戸端会議出席率15%未満)が 不運である。「あんたぁー
えっと買い物してから。何 買うたんのー?」(たくさん買い物して、何買ったの?)・・・「あんたぁー、海蔵寺と仲がええんじゃろうが
ありゃ草ばー 食ようるでぇー ちいたぁー 野菜ぐらい届けんさい。」(薫と仲が良いのでしょ。草ばかり食べているから野菜など届けてあげたら?)「ほうよー
ええ物もろうたりもするんじゃろうけー」(そうよ。あちらから頂き物することもあるんでしょ)とアドバイス(?)
される。結局、その○○さん 本日の買出しの一部を 届けにやってくる。薫が
畑にいたので、「裏口に置いとくから」と言ったものの、野良猫が心配になって
冷蔵庫を目指して 不法侵入。薫が 取り込んだ洗濯物だの、リサイクル用の未整理品だのと、作業中のものそのままに、夕食のおかずを
採取しに行ったので 余りよろしからぬ状況であった。そこへ、入ったとなると
気がとがめたらしく慌てて・・・。兎に角、そんな具合で 波及する。お陰で、買い物にも行かずに
ご馳走と相成ったのだが・・・。薫はそれには、手を着けない。草だと言われた、美味しい野菜ばかりに箸を運ぶ。「食べないの?」と聞いたら・・・「外野シンフォニー(騒音口害)で
それには食欲が湧かない!」と説明。外野シンフォニーか・・・これについても笑い話があるのだが、またの機会にする。
5/3 憲法記念日。晴れのち曇り。
町内にお住まいで 海蔵寺に墓地所のある、88歳の 独り暮しの方が 訪ねて下さった。御自分の事をするのが
精一杯で 殆ど 家からも出ないそうで、「結婚の事を 知らなくて 大変失礼しました。」とお祝いに
来て下さったのだ。「脚が痛いので、ここの方が良いです。」とおっしゃたので、本堂の前を
開け放って 腰掛けて頂き お茶にする。「何事も そろりそろり でダメです。」「なんでも
直ぐ忘れて、1日中 探し物をしているんですよ。」とお話し下さった。確かに
足元は、そろりそろりではあるが お話を伺っていると とても88歳とは思えない。「養老院へ
入るのは嫌だし、独り暮しも 脚が痛かったり 大儀かったりで・・・。」3人で
お茶を飲み、仏様のお下がりの お菓子を頂いて 暫し 沖を眺めて過ごす。「ここは
本当に 静かで良いですね。」と おしゃって お帰りに成られた。「お気をつけて
お帰り下さいね!」
何時もの事だが、昼食後に 薫が 発電の話を始める。常々、色々な所に 利用されないままに成っているエネルギーが
勿体無い もったいないと 言っている。「流し や洗濯機 風呂などの排水管や
雨どいに 水車を取り付けて 発電し利用できるようにすべきだ。」とか、「2階まで
歩いて上がって、歩いて降りるのは 勿体無い。50キロからある体重を 利用しすれば、エレベーターのように
乗って下りるだけで 発電できる。」「物干し台から 下りる時も、洗濯物ごと降りれば
かなりの物だ。」「今 健康の為にって スポーツセンターで 運動してる人は 電力を使って運動してるの、勿体無いでしょ。絶対に
人力発電を するべきだわ」「大きな風車が コンスタントに 回らなくても、かざぐるま位のが
軒にズラーと並んでいたら・・・。例え 台風で飛ばされたって、修理なんて簡単よ。お祭りの時、夜店に出てるような簡単な物で
良いのだから 充分普及できるコストだと思うけど。」と言った具合だ。結局の所、問題なのは
発電ではなく 蓄電し 利用する方にある。現在の電化システムは 全て安定した交流電源を
基準に 作られていて、例え 薫の言う スーパーマイクロ発電をしても それを利用するに
到らないのである。相当に 口惜しいようで、あれこれ質問するので エンカルタを出して見聞。薫よりは
遥かに大規模だが、確かに現在のシステムより かなり小規模な 発電にも目が向けられてはいる。物理学者・ロビンスは
ハードエネルギーパス(大規模集中型)から、ソフトエネルギーパス(小規模分散型)への移行を
提唱している。この場合は、砂防ダムなど 高低差10mほどの 水力発電等であるが、既存の送配電設備が
そのまま利用できるので その気に成れば良いだけだ。いずれにしても 技術と言うよりは、思想の問題
と言う結論に至る。
5/4 雨。本日は 国民の休日。したがって 当サイトもお休みです。
5/5 子供の日。晴天。
ご近所さんが 2人も 「薫ちゃん、寝込んでるんどるん?」と お見えになる。誰にも
言ってないのに どうして 薫の不調が 分るんだろうか?妙な気分。
5/6 晴れ。
北海道旅行の時、紋別のガリンコ号でお会いした 柳本さんがカナダより 薫宛にお便り下さる。薫、嬉しそうに
早速 返事を書いていた。
午後から、新茶と 紫蘭を持って 横村先生を お尋ねした。「忙しかったですか?」と
何時もの お優しい笑顔。
帰りに、ダルマヤ と言う食料品店で 華を購入。レジで 支払いをしようとすると、お店のおばさんが「どちらのお寺さんですか?」。「忠海の海蔵寺です」と答えると、棚から印刷物を
引っ張り出して来られた。『極楽・地獄の岐れ路』という1枚物のプリントを
大量にコピーしたものだった。それには 勝運寺の名前が入っていた。忠海と聞いて、このお寺なのか、と思われたそうだ。
おばさんはこの文面に 大変感銘を受けられたらしく、縁のある方に 配っておられるそうだ。(実はこのプリント、横村先生から頂いたものを
方丈が海蔵寺の名前に代えて印刷され、それを更に勝運寺の・・・)。そこから話は
どんどん展開し、教育・宗教について40分位は お話してくださった。
「今の子供達が 乱れているのは、世代間が 断絶してしまって 親が 親になっていないからだ。学校の先生も
幼稚化、低レベル化していて 教育力がなくなっている。現状を打開するには 親を何とかするしかない。そのために、せめてこのプリントを
良く読んで人間として 少しでも成長してほしい。」というのが、おばさんの願いらしい。
おばさんが嫁いだ先の父親は 村長をされていた人で、真宗の篤信家だったらしい。95歳で大往生されたそうだが、妙好人の如く信決定した人だったようだ。その人の
強い影響を受けたおばさんは、信仰深く 感謝の気持ち一杯で、元日以外 休むことなく
毎朝6時から 店を開けているそうだ。なかなかどうして、世の中には つわものは居るものだ。
サーバーを引っ越してから2ヶ月足らず、カウンターが300に乗った!
5/7 晴れ。とても温かい1日。
山内の掃除。薫は ホースとデッキブラシを持ち出して お薬師堂の回廊をゴシゴシ。いつもは
雑巾掛けをするのだが、風雨にさらされ板が傷んでいる上、汚れが 染み付いていて
なかなか きれいにはならない。(泥染めの状況。)天気の良い日に、水をかけてブラシでゴシゴシするのが
薫の長年の夢だったらしい。
藤の花が どんどん散り始め、草もどんどん成長している。庭掃除も なかなか追い付かない。
真っ暗に成るまでやって、本日は 切り上げる事にする。
「ご飯を 炊いてなかった」と 薫は 圧力鍋で調理中。腰を 叩いているのは、念願の
水遊びの 後遺症らしい。何か始めると、直ぐに のめり込んで 何時も後で くたばっている。今日も
随分気合が入っていたからなぁ〜。自分でも 分ってはいるのだろうが・・・。お玉
片手に トントントンは、かなり情けない姿ではある。
いきなりカウンターが316にはね上がっていた。
5/8 薄曇のち快晴。お薬師講の日。
まだ、参道掃除の仕上げが 出来ていない内に 最初のお一人が お見えになる。パーマも新しく、張り切って
来て下さった。
5月は 特別と お昼の手配もしてくださり、皆で一緒に頂く。世話役のおばあちゃんは、ベテランで研究熱心。お弁当は
あちらから お味噌汁は こちらから 果物はスーパーで 飲み物は集まってから配達と
良い所どりで そろえてある。4時間以上の 宴と成って 盛り上がった。と言っても、終始ローカルニュースの
交換なのだが・・・。
興味深い話が 幾つかあったが、中でも 法外な値段の布団のセールスの話は 人の心情を良く表していた。本日の参加者(7人)の大半が
同じセールス団体に 声をかけられていた。そのお一人は いささか暴力的なセールスから逃げ切れず、怖くなってしまい、とうとう30万円以上も払って
1組の布団を買われたそうだ。その顛末を 話されながら、その事を家人、特に
お嫁さんには 知られずに済んだ とおっしゃって、「絶対に内緒にしといてね。」とのこと。
後で、薫が そのことを疑問として 持ち出して来た。「そんな怖い目に遭って、法外な物を
買わされたのに、どうして お嫁さん達に 内緒にしようとするのだろう?暴力的なセールスに
恐怖を感じて、それを回避するために 仕方なく布団を買ったのであれば、隠し立てしなくても
正直に話せば 良いのではないか。そうすれば、お嫁さん達も 『それは怖かったね。今からでも返品できるから
電話してあげるね。』というように 対応してくれたはずだ。」というのである。
そこで、そのおばあちゃんの 心理分析を 色々試みた。
「お嫁さんに 非難される事が 怖かった。」「でも、それは暴力的なセールスに
恐怖を感じた ためだから、非難されるべきことでは ないし、非難されることを
恐れる必要もないはずだ。」
「そういう ちょっと暴力的なセールス如きに 屈してしまった自分を プライドが許さなかった。」「それなら、仲間のおばあちゃん達には
話せるのに、お嫁さんに話せないのは おかしい。」
「事の是非は ともかくとして、お嫁さんに とやかく言われることが嫌だった。」「そうかなぁ。」「薫が言うような会話が
成り立つには 日頃から お嫁さんとの人間関係が 円滑になっている必要があるだろう。このおばあちゃんの場合、お嫁さんを
とても気にしていたから、きっと心理的に お嫁さんに対して 対抗するものがあるのだろう。」
このおばあちゃんの 心がどのように作用したのか、本当の事は 分らない。はっきりしているのは、押入れに
スペースを空ける必要があり、冬中我慢して 毛布と重ねて過ごした夏布団を 密かに処分されたことだ。今おばあちゃんは、立夏も過ぎたというのに
赤外線効果のある 新品の冬布団で寝ておられる。
5/9 晴れ時々曇り。母の日。
老化の話を 薫と 色々話す。刺激が少ないとボケる と言う説があるが、刺激と言っても
色々ある。刺激の種類も さる事ながら、同じような刺激によって 本人がどれほどの
反応をするかでも 随分差が見られる。結局の所、本人にとって どれほど有意義か
と言うことが 問題に成るのかも しれない。家族と 過ごしているからとか、独り暮しを
しているからと 言ったことではない。どれほどの 生き甲斐を 持って 生きているかが
問題になっていると推察した。同じことを 同じように 行っているように見えても、本人にとって
それが 生き甲斐のある行動ならば、充分な刺激と共に 全体的なバランスの取れた
老化の仕方を して行くのだろう。毎日が本人にとって 詰まらない物になり、ただただ
生息している 状態になると 見る見るうちに バランスが崩れ 急激に大脳新皮質の活動が
弱まり 原始脳依存の状態が 引き起こされるのではないか と推測する。
そこへ 母から電話。先般 薫が期日指定郵便で送った リースが届いたのだ。「早速
玄関から直ぐに見えるところに、釘を打って飾ったよ。」との事だ。母も 薫も
喜んでいる。何よりである。
少林窟に行って、参禅に来ておられる 大哲師と話をする。
5/10 晴れ。日差しの中にいると暑い。
午前中、庭掃除。
薫は 忠海病院へ 診察を受けに行く。「すっごく待たされて、くたびれた。・・・病院は嫌い!」と言いながら
帰宅。心電図OK、肺機能、血液検査 全く問題無し、だったそうだ。
午後、横村先生を 訪問。道中、いささか暑くて、くたびれた。
5/11 晴れ。
ゴールデンウィーク中に、高田さんが 進めて下さっていた CD少林窟法語 Vol.6
の 製作準備に 少林窟道場へ。明州閣の工事は 次第に細部へと移りつつあるようだ。と言っても、外壁も
まだか・・・?
お昼から 道育師が立ち寄られた。海蔵寺のお隣さんが 花の球根や株を分けて下さる
との事で 地下足袋履きで、軍手とシャベルを 持ってお見えだった。お隣まで同行。羊羹や抹茶まで
用意して下さっていて、我々も一緒に ご馳走になった。道育師の予想を 遥かに上回って、球根や株を
提供して下さる。道育師は 辞退するのだが、遠慮だと思われてか「良いんですよ。まだ、あちらのも、上の段のも・・・」と
益々すすめて下さる。結局、予定の5倍くらいには なった。それでも、お隣さんの予定の3分の1
にも達して居なかったので・・・退散するのに 苦労しておられた。「これらを
植えたら 又、頂きに来ます。」と言う事で 納得していただいた。道育師には
申し訳ないが、端の者は 落語を聞いているようであった。お疲れ様でした。
5/12 晴れ。
CD少林窟法語Vol.6完成。
レオーネ(自動車)の保険の 更新。お話によると 保険も ドンドン変化しているようである。自分で調べて
優位なものに 加入するには 相当の労力を要しそうだ。どちらかと言うと 頼りに成る保険屋さんを見つけ出して、お任せするのが
得策のようである。現在、ありがたい事に ベテランの行動力のある方に恵まれ、お願いしている。
夜、海蔵寺下の路地に 防犯灯を設置したいとのことで 町内の長老連来訪。なるほど
薫が『外野シンフォニー』と 言うだけあって、皆さん てんでバラバラに お話をなさる。目的が「防犯灯を
海蔵寺の土地に 設置したい。町内の事なので 協力して欲しい」と言いたいのだ
と言う事は理解できるのだが・・・。最長老は「私がご住職にお話しして お願いするべきなのでしょうが
お伝え下さい。」とおっしゃり、他のお一人は、「いやぁー、わしが 言うといちゃるけー」と、又
別の方の中には「立ててしもうたら ええんようーのー、町内の事なんじゃけー。何も
言わんかったんじゃ いけんけど、今 言うたんじゃけー、はぁー しゃぁーなぁーわい」と
おしゃっている。立てる位置も、「あちらが良い、こちらが良い」と おしゃっているので
確定してから お見えに成った訳では ないようだ。又、どこから電源を取るか
についても「現在 引いているのだから、そのまま延長すれば良い。」と 言う意見と「新たに、電信柱から
引いた方が良い」と 言う意見があり 最終的には どうなったのか分らない。そもそも、現在あるものも
廃屋の電気メーターを 取り外すと 電源が取れない と言う理由で、廃屋の 全く未使用の
電気のメーター管理料を 『お寺の地所だ』と言う理由により 海蔵寺が支払っている。地域密着型の
宗教施設である事が 必要なのだが・・・それも 地域次第なのかも しれない。一応、社会貢献をしている!頼みに来られる方は「町内の事なので
協力して欲しい。」と おっしゃるが、一旦始まると 当たり前に成ってしまう
土地柄のようだ。しかし、『シンフォニー』と 呼ぶのは 何とも思いやりのある表現だと
改めて実感した。
薫が「カウンターが1週間で50以上増えてる!」と驚いている。今回は喜ぶよりも先に『どうしちゃたんだろう?』と気にしている。
5/13 晴れが続く。漬物桶を開けた。ゴミ捨て。
方丈がオーストラリアへ持参されるプレゼントを薫が包装。
大哲師来山。我々にとって初めての本格的な来客と言えるかも知れない。ゆっくりと夕食を取りながら会話を弾ませた。
5/14 晴れ。台所の片付け。
5/15 うす曇。山内掃除、片付け。
5/16 曇りのち晴れ。
町内会のイベント。
道育師を訪問。昼食の材料を持ち込んで台所をお借りした。道育師にすっかり慣れた烏のが再三やって来て、食べ物をねだる。警戒心は強いのだが、かなり近くまでやって来る。
竜泉寺の畑は「猪が出るので、スレートを立てて畑に入れなくしているのです。」と石垣にはしごを掛けて上り下りしている。良く手入れの行き届いた畑にねぎ、ほうれん草、ジャガイモ、ごぼう等々が大きくなっていた。「ほうれん草、少し如何ですか?」とおしゃって採って下さった。同行。もう一段下の広場は猪によって耕されていた。かなり重たそうな石も移動しているもようである。
三原を回り、帰山。途中でうす曇りの中にぽっかりと浮かんだオレンジ色の夕日を撮影。
ほうれん草はとっても美味しかったです ! ごちそうさまでした。
5/17 晴れ。少林窟にて資料作り。ゴミ捨て。不燃ゴミの最終処分場には門限に間に合わず。
5/18 から 5/25 は 紀伊半島へをご覧下さい。山寺探しの珍道中がご覧頂けます。
5/26 くもり後、雨。午前中、平田鉄工所さんが、華ガラを燃やす為にお墓に設置するドラム缶を2本届けて下さった。お寺のためだから、ということで喜んで寄付して下さっている。有り難いことである。
午後、勝運寺へ吉野の桜花漬けをお土産に持参する。勝運寺方丈御夫妻は熊野の長楽寺に住されていたことがある。どのような因縁で長楽寺に入られたのか、とお聞きすると、増福寺におられた雪渓老師に紹介されたのだそうだ。どんな所かも分らないままバスに揺られて行ってみると、とんでもない山の中だったので驚かれたとのこと。それでも住めば都で、7年間居られたそうだ。
寺探しについて、今は兼務住職がなかなか手離そうとしないから難しいだろう、とのことだった。兼務住職も居ないような寺であれば、檀家の人が、来て下さいと言われれば話は簡単なんだが・・・とのこと。しかし、兼務住職も居ないような寺は極めて少ない。
「難しいだろうが、自分で寺を探すというのは面白いじゃないか」と励まされた。
その後、少林窟へ上がり、方丈の留守中一人で頑張っている観硯さんにお土産を届けた。
昨日までの移動しながらの中継にて少々自信を持ち始めた我々である。
今回は旅先でのインターネットへのアクセス等も かなり調子良く行った。高速道路のサービスエリアにデータ通信が可能な公衆電話が普及しつつあることを発見、大いに活用した。車内でもPCを扱う技術が向上した事も
効率的に活用できた理由かも知れない。また、メールのありがたさを実感できる出来事もあり
必然的に技術の向上を導かれた。カウンターの数字がコンスタントに増えているのだが、ご意見等を下さる方がいらっしゃらない事が残念だ。参考にさせて頂きたいと願っている。ご覧になっている方どうぞ、宜しくお願い致します。
5/27 曇りのち晴れ。
旅先でお世話に成った方々にお便りを書いたり、旅の資料を整理したりで1日の大半を使った。
ご近所の方がらっきょうをキレイに剥いて漬ければ良いだけにしてお持ち下さった。「普通のらっきょう漬けと違う作り方するから、作ってこんかったよ。」とのこと。有り難い、有り難い。薫は早速、しょうゆ漬けにしていた。
夕刻には、「大きくなった竹の子の生をあげよう」と差し入れて下さる方あり。「わぁ〜い。今夜は天ぷらにしよう。」と大喜びの薫である。アク抜きも下ごしらえもしない、輪切りにした竹の子に衣をつけて揚げるだけ。かき揚げにもコリッコリッと竹の子入りだ。
5/28 晴れ。
午前中は昨日の続き、なかなかはかどらない。薫は洗濯に励んでいた。
午後どくだみの収穫。白い十字の花が1本に1つか2つ付いた時が収穫の時期だ。収穫したどくだみはきれいに水洗いして陰干しにする。乾燥したら、どくだみ茶の完成である。と言うのは簡単だが・・・自然を直接相手にするのは重労働である。
夕刻、薫の眼鏡屋への用のついでに買い物。帰り道、エデンラインの西の空は美しい夕焼けだった。「カメラ持ってこなかったね。」と薫。残念ながらそんな事は思いもしなかった。
5/29 晴れ。
昨日興味を持って試しに購入してみた自動車用ガラスコーティング剤を塗る。どれくらいが適量なのか分らないままに一応仕上げてみる。と、そこへ薫が現れ「試してみても良い?」「あぁ良いよ。」薫はコップに水を汲んで来てフロントガラスにかける。すると所々に水が留まる。「ここは横向きに塗ったでしょ。この辺りはちまちま塗ったんだ。それにしても凄い撥水だね!」成るほど・・・。薫が去った後、水をかけて状況を確認してからもう一度やり直す。走行時の様子は次の雨天の日のお楽しみ。
午後、少林窟へ。『猫の一家が屋根裏で活動、移民の気配無し』と言うのである。先ずは外から屋根に登り覗きこむ。中では薫が物音を耳をそばだてて聞いていたが猫の居場所を確定。外でカタカタやっている内に白黒のぶちの親猫が飛び出して来た。なのに中で「ニャ〜、ニャ〜」言うので不思議に思ったら「あれは薫さんです。」との事。その頃、薫は天上板を外して屋根裏へ這い上がっていた。「見つけた!1匹、アッもう1匹、まだいる」暫く天井裏で子猫と薫の鬼ごっこが展開していたが・・・。「ダメだ〜、狭くてどうにも成らない。」かなり怯えさせては見たようだが諦めて這い降りて来た。「後は親が連れに来て、移民してくれるのを待つしかないわね。」と言う事で引き上げる。
夕食後、日が落ちた山際の見なれない所に灯りが付いている。何だろう?と移動したら真ん丸い月である。「薫、満月だよ。」コウモリが捕食中の薄闇の中で2人、東の空を眺め暫したたずむ。
5/30 快晴。収穫したどくだみを水洗いし、ガレージに吊るして陰干しにする仕事がようやく終わろうかという時に、ご近所さんが「採って来てあげたよ。」と、どくだみを一抱えも持って来て下さった。「ありがとうございます。」と言いながらも、その量の多さに愕然としてしまった。とにかく、1本1本洗うのみ。
5/31 快晴。少林窟へ届け物に行く。明州閣の工事は着々と進んでいる。外回りはほぼ完成のようだ。屋根には樋も取り付けられているし、外壁は土を塗った後、焼杉の板を張ってある。内部を見ると、1階の書庫、作業部屋になる所には棚が思い切り沢山作りつけてある。特に作業部屋の棚は、大小の棚が何段にも取り付けられている。方丈らしい設計である。今までご自分で様々に工夫して来られた空間設計の総決算という趣がある。棟梁さんは、棚の多さに呆れておられた。2階へ上がってみた。階段、踊り場はほぼ完成しているようだが、居室はまだまだのようだ。色々と方丈の要求があるので、方丈が帰られてからでないと施工できない所も多いらしい。